Apr 07, 2011
恐ろしいでキーの交換を速攻にしたい
友人が先日、家の鍵を忘れてしまったようだ。失われた場所はカフェ。まさにそのときに、テーブルに置いていて、トイレに立って戻るとなくなっていたようだ。さらに、後で気が付くと名前が書かれたポイントカードも何枚か一緒になくなっていたとか。それは、ストーカーの仕業とか、すごく怖いです。家主に連絡鍵を開いてくれと言ったのですが、キーの交換をしようか悩んでいるとのこと。すぐに鍵交換をしてお願いしました。何かあったら、本当に辛さも。ガラスの修理が必要な場合は、せっかくなので、強度が強いものに変えてみてはいかがでしょうか。何度もガラスの修理をお願いしていることを考えると長くすることが結果的にコストが良いとすることができます。ガラスが割れると怪我にもなることができず、そのような安全性を考えて強度ガラスに変えてですね。
南相馬市で4日、被災事業者向けの同市鹿島区西町1の仮設施設が、中小企業基盤整備機構から同市に引き渡された。
同市への引き渡しは5件目で、生活関連の店舗が入るのは初めて。施設は、敷地約1360平方メートルに鉄骨平屋建ての2棟。食品や雑貨の販売、コインランドリーなど11店が入り、23日までに全店がオープンする。同区西町には仮設住宅が173戸建つことから、入居者の利便性を図った。
写真店を開く金子洋光さん(52)は「この日を待っていた。本格的に店が始められる」とほっとした様子。食堂を営む高橋秀典さん(40)は「苦しい時なので思い切って低価格のメニューをそろえ、みんなに喜ばれたい」と語った。【高橋秀郎】
10月5日朝刊
【関連記事】
東日本大震災:「何人戻ってくるか」南三陸町の小中学校
東日本大震災:津波を逃れた石巻の主婦が親子の体験談募集
東日本大震災:日本ロレアルが移動式美容室 美容師も雇用
東日本大震災:岩手の仮設住宅、防火対策追いつかず
東日本大震災:花いっぱいで恩返し 大船渡の障害者施設
作家、藤沢周平の作品から家族や恋人との絆の大切さに触れてもらおうと、郡山市を拠点に活動する愛好サークル「藤沢周平の作品を楽しむ会」が9日〜11月5日、福島市大町の西沢書店で5回にわたり講座を開く。講師を務める同会の庄司一幸代表は「震災や原発事故で人との絆が見直されている。この機会に藤沢作品の魅力を知ってほしい」と参加を呼び掛けている。
藤沢周平は1927年、山形県生まれ。業界新聞社などに勤務する傍ら小説を執筆し、江戸下町に生きる人々を描いた時代小説など数多くの作品を残した。講座の第1回は、映画化された短編時代小説「小川の辺(ほとり)」を題材に主人公の妹、田鶴と兄妹同様に育てられた新蔵の絆を取り上げる。
時間はいずれも午後1時〜同2時半。参加費は1回につき700円。当日参加も可能。問い合わせは、同書店024・522・0161。【蓬田正志】
10月5日朝刊
【関連記事】
放射性物質:測定器レンタルスペース 千葉・柏にオープン
原発:「全基停止時」の財政試算 4市町で着手
玄海原発:4号機の原子炉自動停止 放射線漏れなし
東京電力副社長:調査委要求の7400人削減「厳しい」
保安院:関電に報告やり直し指示 再点検の調査不十分
◇福島で100人 久々の再会にも募る不安
東京電力福島第1原発事故で全域が計画的避難区域に指定されている飯舘村の住民団体「愛する飯舘村を還せプロジェクト 負げねど飯舘!!」などが4日、福島市で集会を開いた。3月11日の震災発生後、4月の区域指定、6月の村役場移転、7月末の避難ほぼ完了−−と約6200人の村民は激動の日々を過ごした。「負げねど」の大がかりな集会は約4カ月半ぶり。村民100人以上が集い、久々の再開に顔をほころばせつつ、村に帰るめどのつかない日々に、募る不安を語り合った。【喜浦遊】
「歩き方、年取ったぞ」。福島市松川町に避難する渡辺富士男さん(57)は知人男性の顔を見つけ、憎まれ口をたたいた。男性は「弱いふりしてんだ」と答え、笑い合った。
渡辺さんは、6月に母と妻、愛犬とともに同村飯樋の自宅を離れた。週に1度程度、村に戻って家の周りにはびこった草を刈り、必要な物を持ち帰る。線量計は持たない。「何シーベルト出ようが、自分の家だ。測るつもりはない」。
避難生活も既に4カ月。帰りたい気持ちは強いが、村は明かりも消え、ほとんど車も通らない。「現実的にはもう戻れねえなあ」と思うことがある。村民の生活はどう再建するのか。「東電には補償をしっかりしてほしい」と語気を強めた。
集会は、同団体と村の復興を支援するNPO法人「エコロジー・アーキスケープ」が主催。原発事故について情報が入り乱れる中、放射線やまちづくりの専門家の意見を村民が直接聞き、判断する機会を作りたいと企画した。京都大学原子炉実験所の今中哲二助教らが放射性物質と健康被害の関係などについて講演。村民はうなずきながら、厳しい表情で聴き入っていた。
渡辺さんの夢は「おじいちゃんと呼ばれて暮らすこと」だった。名古屋に住む2人の孫たちと、いつか飯舘村の家で同居することを願っていた。「ほんとに夢になっちゃったなあ」。それでも、村民のつながりは守りたい。編集に参加した村民かわら版「負げねど飯舘!!」の第1号は10月1日付で発刊された。渡辺さんは万感の思いを込め、編集に当たった思いをコラムに記した。「我が故郷“いいたて”の為(ため)に」
10月5日朝刊
【関連記事】
福島第1原発:帰還完了へ道険しく…避難準備区域解除
福島第1原発:飯舘村 総額3224億円の除染計画公表
福島第1原発:きずな再確認…飯舘村の敬老会
セシウム汚染:表土除染実験用のヒマワリ刈り取り 飯舘村
福島第1原発:飯舘村の月刊ミニコミ紙が再開へ
WriteBacks
writeback message: Ready to post a comment.